ビューティーの名門校、木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエへようこそ
アトリエ紹介
アトリエ紹介
当ホームページにご来訪頂き有難うございます。
木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、創立者 木下ユミが「アトリエ」という言葉にこめた想いを継承すべく、現在も完全少人数制で運営され、ビューティーを愛するあらゆる年代の方が集う場となっております。
アトリエにいらっしゃる生徒さんのキャリアは様々で、まったくの初心者という方からすでに業界で活躍中のプロの方まで、それぞれがそれぞれの目標に向かって、同じ場で学んでいらっしゃるという、業界でも希有なスタイルの専門校です。
そのため、“ビューティーの名門校”と評される実績からはおそらくイメージいただくことが難しいほど、身近なお稽古のお教室のような感覚で、はじめての方でも安心してお通いいただける場となっているのも当校の魅力だと思っています。
木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、1950年、木下ユミ名誉校長によって創立されました。多くの著名アーティストを世に送り出し、テレビや雑誌など各種メディアでの活躍のかたわら、創立時よりメークアップとネイルの技術と理論の研究、プロアーティストの育成メソッドの確立に務め、これまでに1万人を超える卒業生を輩出し、現NPO法人日本ネイリスト協会(略称:JNA)の設立にも携わるなど、常に日本のビューティー業界を牽引してきました。(アトリエは日本のビューティーの歴史の一翼を担って来たといっても過言ではありません!)
中でも、ネイルに関する情報とアーカイブのボリュームは、間違いなく業界随一です。
確かな知識と技術を身につけ、さらに最新の情報と技術を学べるのも当アトリエならでは。
アトリエでは、皆様が入校されたその日から、からそれぞれの目標の達成までをアトリエスタッフが一丸となって全力でバックアップさせて頂きます。
そして、皆様がプロとなりアトリエを巣立った後も、道に迷い壁にぶつかった時には、立ち戻ることができる場所、そうしてかならず答えを見出せる場所であり続けたいと思っています。
スクール選びに迷われたら、ぜひアトリエに相談にいらして下さい。
必ず皆様の目標にあった進路を見出していただけることと思います。
皆様との素敵な出会いを、アトリエ一同、楽しみにしております!
木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ校長
“ラ・クローヌ ネイルサロン” 代表
ビュートリー代表
WEB SHOP LiLiCoCo運営
所属事務所:IPSILON
ボディーメークで世界広告ポスター展最優秀賞受賞。数多くのCM・ドラマ撮影においての、タレント・モデルのビューティーコーディネート等を担当。XジャパンYOSHIK(コンサートパンフレット)元F1ドライバー鈴木亜久里(CM)、秋川雅史(千の風に成ってプロフィール撮影)、島田陽子(ステージアーニーパイル、CM)、岡江久美子(雑誌撮影)、赤井英和(CM)、細川ふみえ(写真集)、悪役商会・矢名信夫(CM)、その他多数)担当。
その経歴を生かし日本の映像メークアップの創始者木下ユミを引き継ぎ、60年以上の歴史と伝統を誇るビューティーの名門校“木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ”の校長就任
就職率100%を誇るアトリエはその指導力の高さの現われと言われている。
アトリエの卒業生は、1万3千人を超す。
老舗ネイルサロンは有名著名人の顧客を多く抱える上質なこだわりの技術提供を目指すNPO法人日本ネイリスト協会のスターティングメンバーとして協会テキストの作成・検定試験システムの構築メンバーとして現在も検定試験センターの試験検討委員会に参加。
理美容学校教員の教育部会メンバー(理美容教育センター)としてネイルシステムの作成。日本のネイル業界の発展に貢献している教育者でもある。
また、美容学校・ネイルスクールのネイルのバイブルとされている”ビューティフルネイル”はミリオンセラー、一般女性向けにスーパーヒットした”メークが突然うまくなる”など著書多数。
理容業界にいち早く、メンズネイルのシステムを構築し教育に当たる(日技会その他)
シンクロナイズドスイミング(現アーティステックスイミング メダリスト(武田、立花ペア)のオリンピック用メークアップデザイン作成、広告撮影を担当。
介護スクール教員向けネイルケアセミナーを開催、指導。
JAFTA(ドクターが運営する日本フッケア技術協会へネイル技術の展示等、形成外科医と共に巻爪の研究論文作成に協力等、ネイル業界外の活動も多数。
日本を代表するビューティーアーティストとして海外でも高い評価を得、ステージのオファーが多数。
1978年 | メークアップアーティスト&イラストレーターとしてデビュー ファッション誌はじめ業界紙でも数多くのメークアップのイラストを担当。 |
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1980年 | 東京工芸大学で写真とアートデザイン専攻 写真が撮れ、デザイン、印刷工程仕上がりの理解できるデザイナークラスでビジュアルデザインの基礎を学ぶ。 |
1982年 | 東京総合美容専門学校入学 |
1983年 | 3月東京総合美容専門学校卒業 4月1日株式会社ユミ・クリエイション入社 美容師免許取得 企画部アートディレクター担当。 特殊メークアップとネイル技術を現地の技術取得るため数度に渡り渡米 ファッション部主任ヘアメーク、ネイル担当。 CM、ドラマ、ステージ、映画、ポスター、PV等撮影全般担当。 各会著名人のトータルビューティーコーディネーターとしても活躍。 国内のCMの世界で初めて、スカルプチュアネイルの技術を導入。 数多くのCM、広告写真のメークアップを担当の中、アジア博覧会ポスターのボディーメークアップ担当。 翌年1984年世界広告ポスター展優秀賞受賞。 |
1985年 | 日本ネイリスト協会 設立と同時に初代教育委員就任 世界初のネイルショーをプロデュース WORLD INTERNATIONAL NAIL & BEAUTY TRADE SHOWネイル技術のデモストレータ ーとして技術展示 |
1986年 | 日本初のネイルテキスト3部作を制作担当 「3Dネイルアート」のネーミングを生む 日本ネイリスト協会主催の講習会を数多く担当 2月25日第1回ジャパンネイルビッグセミナーにてネイルの最新テクノロジーを映像と実技で解説 コンテスト審査員 8月THE JACK SPERLING EXPO’86ゲストプレゼンター |
1987年 | 2月24日第2回ネイル&ビューティフォーラム‘87 5月27日~6月2日 台湾縦断セミナーにて日本の最新ネイルシステムをセミナー開催 6月6日~13日ネイリスト協会WINBA研修ツアーコンテストトレーナー参加(米国) |
1988年 | LBGSロングビーチビューティーショー(米国)コンテストトレーナー 2月23日第3回ネイル&ビューティフォーラム‘88審査員 6月3日~10日ネイリスト協会WINBA研修ツアーコンテストトレーナー参加(米国) 10月24日ネイル&ビューティースプラッシュ‘89 コンテスト審査員 実行委員 11月 15日台湾コンテスト審査員 |
1989年 | 1月27日~2月3日LBGSロングビーチビューティーショー(米国)コンテストトレーナー 3月7日NAIL COMPETITION SPPRING’89 コンテスト審査員 実行委員 5月20日~27日ネイリスト協会WINBA研修ツアーコンテストトレーナー参加(米国) |
1990年 | 3月6日NAIL COMPETITION SPPRING’90 コンテスト審査員 実行委員 6月 10日~11日WINBAコンテストトレーナー参加(米国) |
1991年 | 4月9日NAIL COMPETITION SPPRING’91 コンテスト審査員 実行委員 |
1992年 | 1月26日~28日LBGSロングビーチビューティーショー(米国) 5月19日NAIL COMPETITION SPPRING’92コンテスト審査員 実行委員 6月7日~8日WINBAコンテストトレーナー参加(米国) |
1993年 | 11月11日NAIL COMPETITION SPPRING’93コンテスト審査員 実行委員 「MAKE-UP」 新美容出版刊(木下ユミ共著) |
1994年 | 4月25日NAIL COMPETITION´94in大阪コンテスト審査員 実行委員 |
1995年 | 11月20日 株式会社ユミ・クリエイション社長就任 |
1996年 | 10月17日ネイリスト協会認定講師制度開始と共に本部認定講師就任 11月17日NAIL COMPETITION ‘96コンテスト審査員 ネイルクィーン発案&実行委員 ネイルブームの火付け役と成る、「ネイルパーフェクトマニュアル」ネイルBOOK刊(1997年3月3日出版記念パーティ) |
1997年 | 1月「LBBE」のビューティーショーに出演(米国)ワールドグランプリ受賞。 コンテストトレーナー、審査員担当 5月「ネイルケア&ネイル アート」ブティック社刊 業界紙「クレアボー」1997年ネイル連載開始 18日ネイリスト協会第1回技能検定試験試験管、実行委員(~現在に至る) 7月14日ネイルフェスティバルin大阪1997審査員、実行委員(~現在に至る) IMAメークアップ&ネイルセミナー開催 9月8日エステテック協会主催イベントにてネイリスト協会を代表としてネイルステージ担当 ステージDVD「ネイルテクノロジー」発売 9月28日アジア大会ネイル&メイクアップ コンペティション 審査員 ファッションステージ出演 11月23日 NAIL COMPETITIO‘96コンテスト審査員(~現在に至る) 11月ネイル商品「MIHORI COLLECTION」発売 |
1998年 | 2月3日LI.B.S.ショーステージ出演 コンテストトレーナー、審査員 クラスルーム技術展示 「「MIHORI COLLECTION」」米国展示会デビュー 6月16日ネイリスト協会第1回国際ネイルフォーラム実行委員 デモステージナビゲーター出演 (~現ネイルフォーラム 現在に至る) 8月業界内でいち早くIT化に取り組みホームページ開設 ネイリスト協会オフィシャルビデオ「ネイルケアシステム40」ディレクション担当 ネイリスト協会「NAIL DESIGN COLLECTION」ディレクション担当 |
1999年 | 1月30日~2月5日LIBSロングビーチ大会」(米国) クラスルーム出演 ショーステージ出演 コンテストトレーナー参加 理容団体「日技会 ネイルセミナー担当 理容業界にメンズケアシステムを提案と技術指導 3月「ネイルテクニックをマスターする」女性モード社刊 タカラネイルコンペティション審査員 美容団体「全国美容週間」(現、NPO法人美容週間振興協議会)実行委員執行部就任 美容サロンにおけるメークアップ&ネイルメニューの定着をはかる活動を担当(~2002年) 「ネイルアーティスト」ロード出版刊(取材本) 9月5日~6日INC(インターナショナルネイルコンペティション審査員 11月22日23日INTERNATIONAL NAIL EXPO1999審査員 大会役員 (~現在に至る。現東京ネイルエキスポ) |
2000年 | ビューティーウィーク2000(全国美容週間)関東ブロック実行委員ビデオ制作担当 2月20日~21日 インターナショナルコスメトロジーエキスポ(I.C.E米国)逆輸入の形で日本人初のネイルのテクニックを披露するメークアップ&ネイルクラスルーム出演 コンテスト審査員 8月25日ビューティフルネイル(新美容出版刊) 8月29日木下ユミ50′ YUMI CUP ディズニーアンバサダーホテルにて開催プロデュース JNAテクニカルシステム(テキスト)監修 10月28日インターナショナル・ネイル&メイクアップ コンペティション(ゴールドコースト・オースト ラリア)審査員 |
2001年 | ビューティーウィーク2001(全国美容週間)実行委員会執行委員就任 2月11日~12日 「ICE」ビューティーショー(米国) メークアップ&ネイルクラスルーム出演 コンテスト審査員 4月26日「メイクが突然うまくなる」成美堂出版刊 J.MAN主催メークウィークセミナー担当 フジテレビ「100秒の奇跡」レギュラー出演 7月TBS「エキスプレス」出演 9月NTTドコモモバイルフェアー、メークアップアドバイザー担当 skyパーフェクトTVShe’sTV「エンジェリーベ」コメンテイターとしてレギュラー出演 10月2002年度全国美容週間実行委員会「メイク、ネイル開発委員会委員長」就任 |
2002年 | 3月6日木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ、表参道へ移転 ハリウッドのコスメメーカー「ベンナイ」の、メークアップディレクター担当 7月トータルビューティーサロン「スターガーデン渋谷」ネイルブースプロデュース EZ.Web、iモード「待ち受けネイルアート」ネイルデザイン担当 8月東京FM「Beautiful~大人の自由研究」出演 ワールドエアーブラシ大会(横浜)審査員担当 全国美容週間北海道(札幌、旭川、帯広)メークアップ&ネイルセミナー担当 9月ベルエポック美容専門学校(原宿)コンペゲスト審査員 10月日本最大級のビューティーコンテスト『東京ビューティーコングレス木下ユミ杯』プロデューススタート(~2019年まで開催 2020年2021年オリンピックの為開催中止) インターナショナルモードアソシエイション(IMA)コンペティション トータルビューティー審査担当 12月国際文化美容専門学校コンペネイル審査担当 ノエビア銀座アカデミィー顧問就任ネイル部門教育プロデュース テレビ東京「Party Party」ネイルコメンテイターとして出演 社団法人全国服飾教育連合会「色彩1級検定対象者」ネイルセミナー担当 |
2003年 | 3月台湾MTBトータルビューティーサロン オープニングイベントメークアップ&ネイルショー出演 フォーミュラー日本のイメージガールのビューティープロデュース担当 4月木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ校長就任 5月コスメブランド「ブルジョワ」フランスの新作発表会ネイルディレクター担当 クレアボー「木下美穂里のネイル人登場」連載スタート 5月26日~28日国際ネイルフォーラムネイルショー出演 7月コンプレックスビス「トータルビューティーサロンアマニス」メークアップ&ネイル部門プロデュース フォーミュラー日本イメージガールのビューティープロデュース担当 チーム22・インパルのグリットガール「クラウディアガールズ」ネイルプロデュース |
2004年 | 1月 NY 「IBS」の、ビューティーショーステージに出演 日米のメークアップアーティストコラボステージのメークアップディレクションを担当。その年の、最高峰のショーと称賛され表彰を受ける。 2月クレアボー「木下美穂里とネイル対談」連載開始 ハリウッドのプロコスメベンナイ日本国内アンバサダーとしてディズニーランドショースタッフにセミナー担当 3月ネイルサロン ラ・クローヌ(日本橋)オープン 11月ラ・クローヌ表参道店オープン アメリカの雑誌“ワーキングウーマン”で2代に渡るワーキングウーマンの代表と特集される。 12月17日理美容教育センターネイル教員養成等検討委員会委員就任 全国の理美容学校教員のネイル教育を目的とした、教育マニュアル作成、指導者の教育、セミナー担当。 |
2005年 | 3月ラ・クローヌ新宿店オープン 10月NPO法人日本ネイリスト協会広報委員長就任 協会広報誌「ネイティフル」編集長就任 業界内の会報誌の概念を変えた紙面つくりは高い評価を得た。(6年間活動) 11月ディズニーとコラボレーションスタート「プリンセスシリーズ ネイルアートチップ」プロデュース |
2006年 | 4月1日ネイリスト協会からNPO法人日本ネイリスト協会となり引き続き理事、名誉認定講師就任 JNAテクニカルベーシック改訂監修 「ビューティーネイルプラス」新美容出版刊 ソワンエステ「エステテシャンの為のネイル」連載 6月クレアボー「木下美穂里のイベントリポート」連載 |
2007年 | 木下美穂里ネイルアートデザインジュエリー発売。 NPO法人日本ネイリスト協会DVD「JNAテクニカルライブラリー」監修 |
2008年 | 3月ラ・クローヌお台場店オープン NPO法人日本ネイリスト協会ピンクリボン活動ディレクション担当(~現在に至る。現プロジェクト長) 11月ラ・クローヌ銀座店オープン 12月「誰も教えてくれないネイルサロンの始め方・儲け方」ぱる出版刊 |
2009年 | 1月「木下美穂里のネイルケア」DVD発売(BABジャパン刊) 世界初のネイルトレンドを組み立て(NPO法人日本ネイリスト協会トレンドプロジェクト長)、年2回『東京ネイルズコレクション』を、発表(~現在) 3月ラ・クローヌティアラ藤沢店オープン |
2010年 | 夏 ブルジョワ夏の新色ネイルアートのPR担当。 日本初上陸オーガニックコスメ『UNE』のPR担当。 NPO法人日本ネイリスト協会第1回ジェルネイル技能検定試験開始。 試験管、監修担当(~現在に至る) NPO法人日本ネイリスト協会ネイルサロン衛生管理士制度開始。本部指導員及び監修 9月TBC木下ユミ杯60周年記念大会プロデュース 11月「ラ・クローヌスチューデントサロン楽天」楽天社内にオープン |
2011年 | 1月「サロンワークのための美容用語辞典」ネイル監修(女性モード社刊) ドイツブランドLCNのPRアドバイザー就任 箸の老舗ブランド「まつ勘」と、コラボ商品開発&デザイン担当。「グラマラス」シリーズ発表。 |
2012年 | ブルジョワ120周年記念、ネイルポリッシュのコラボデザイン企画展開。 レブロン80周年記念ネイルエナメルシリーズ コラボ企画監修 8月『ビューティフルネイルリヴィジョン』しんびよう刊 タカラトミー『リカちゃん』と木下美穂里コラボイベント開催 オリジナルリカちゃんデザイン担当 9月『木下美穂里のリカちゃんネイル』出版 |
2013年 | 5月「ネイルの検定アプリ」プロデュース 7月「愛されるネイルサロンの作り方」刊 YUMIオリジナルリカちゃんが、リカちゃんキャッスル博物館に殿堂入り 6月福岡ビューティーショーオープンステージ出演(~2019) |
2014年 | 7月タレントLiLiCoさんとタッグを組みweb shop「LiLiCoCo」スタート 11月コスモプロフ香港よりオファーを受け、ビューティーショーを行い、素晴らしいビューティーショーと称賛を受けトロフィー授与。 |
2015年 | 3月ビューティーワールドジャパン福岡メインステージ出演 5月サロンワーカーの為の「THE SALON NAIL」出版 女性モード社刊 木下美穂里プロデュース「GOEIダイヤモンドファイル」世界初の、特殊グラスファイバーベースの洗えるエメリーボードの発売開始。 7月「GOEIダイヤモンド ファイル」全米デビュー 9月NPO法人日本ネイリスト協会30周年特別功労賞受賞 NPO法人日本ネイリスト協会30周年記念BOOK制作プロデュース 10月ラ・クローヌ ティアラ自由が丘店オープン 11月「GOEIダイヤモンド ファイル」アジアデビュー コスモプロフ香港より2年連続のオファー(日本人初)を受け、ビューティーショーを行い、素晴らしいショーと称賛を受け再びコスモプロフよりトロフィー授与。 |
2016年 | 2月「GOEIダイヤモンド ファイル」コンシューマー向けライン「オリジナル」と、「キャリー」発売 広島カープとコラボ企画。カープ女子に向けて「ネイルファイル」発売 6月ユミクリ伊豆ブランチが運営する地元復興イベント「キンメマラソン」後援開始 8月上海ビューティーショー ステージ出演 ネイルMAX「木下美穂里のビューティーストーリー」連載開始(~2020) 11月GOEIダイヤモンド ファイル」フットファイル ネイルエキスポで先行リリース 12月木下美穂里プロデュースエイジングケアコスメ「ビュートリー」発売ショップチャンネルデビュー |
2017年 | 2月木下美穂里プロデュースエイジングケアコスメ「ビュートリー」から、夜用美容液「セラムドヌイ」発売 4月「GOEIダイヤモンド ファイル」コンシューマー向けライン「オリジナル」と、「キャリー」からメンズライン発売 木下美穂里プロデュースエイジングケアコスメ「ビュートリー」から上質洗顔在パルフェドムス発売 7月箸の老舗ブランド「まつ勘」と、コラボ商品開発&デザイン担当。「LOVE IT`」シリーズ発売 |
2018年 | 3月東京ガールズコレクションJNAネイルディレクター担当 |
2019年 | 6月木下美穂里プロデュースエイジングケアコスメ「ビュートリー」から魔法のファンデーションベラマジー発売。 NPO法人日本ネイリスト協会フットケア理論検定開始。本部指導員就任 監修担当 |
2020年 | 1月木下美穂里プロデュースエイジングケアコスメ「ビュートリー」からしわ改善&美白コスメ「リペアボーテ」発売。 3月27日NPO法人日本ネイリスト協会新型コロナウイルス感染症ガイドラインVer.1監修(~Ver.6) ネイルEX「木下美穂里のネイルレジェンド」連載開始 |
2021年 | 1月ユミクリYouTube開始 3月オンラインネイル研究科スタート |
“100秒の奇跡” メークアップアーティストとしてレギュラー出演 フジテレビ
“エンジェリーベ コメンテイターとしてレギュラー出演 skyパーフェクトTV
“エキスプレス“ メークアップコーナー出演 TBS
“伊藤家の食卓”ネイルアーティストとして出演・技術協力
ニュースZERO
NHK巧みの技
王様のブランチ
女美会
その他コメンテイターで多数出演 etc・・・
『ネイルパーフェクトマニュアル』(三元社)
『ネイルケア&ネイルアート』(ブティック社)
『ネイルテクニックをマスターする』(女性モード社)
『ネイルアーティスト』(ロード出版)
『メークが突然うまくなる!』(成美堂出版)
『MEKE- UP』(新美容出版)
『ビューティフルネイル』(新美容出版)
『ビューティフルネイルプラス』(新美容出版)
『ビューティフルネイルリビジョン』(新美容出版)
『誰も教えてくれないネイルサロンの始め方・儲け方』(ぱる出版)
『木下美穂里のリカちゃんネイル』(学研パブリッシング)
『愛されるネイルサロンの開き方』(東邦出版)
『THE SALON NAIL』(女性モード社)
“今だからネイルの基本テク、木下美穂里のネイルケア”
“ネイル検定アプリ”
メークアップパレット(Vif couleur 素肌屋)
ジュエリー(MIHORI COLLECTION レックスコーポレーション)
ネイルアートチップ(ディズニープリンセスシリーズ)
GOEIダイヤモンドファイル(GOEI)
箸デザイン グラマラス(まつ勘)
箸デザイン Love it!(まつ勘)
ビュートリー
LCN
ノエビア
ベンナイ
創立者 木下ユミ名誉校長
アトリエという言葉にこめられた、創立者 木下ユミの想い
木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、現名誉校長である木下ユミによって1950年に創立されました。
当時、日本にはまだメークアップやネイルの技術を理論的に学べる所はなく、最新の技術と知識を身につけるにはやはり欧米のビューティー先進国に渡るしかありませんでした。
プロですらこのような状況でしたから、ましてや今のようなインターネットや専門メディアもない時代、戦後急速に拡大しようとするビューティー市場とは裏腹に、一般消費者のコスメに関する知識は乏しく、しばしばコスメや美容施術によるトラブルのニュースが取り沙汰されていました。
自らもヘアーメークアーティストの先駆者として業界の礎を築いて来た、当アトリエ創立者の木下ユミはこうした混乱の状況に深い懸念を抱き、“確かな技術と知識を広めるには、まず確かな理論に基づく確かな技術を身につけた多くのメークアップアーティストの育成が必要である”と考えました。そして、近い将来の日本の美容業界の急激な拡大を予見し、需要が高まるであろうメークアップアーティスト達を、確かな知識を身につけた技術者として世に送り出すべく、育成メソッドの確立に取り組み始めたのです。
こうして、木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、プロのメークアップ技術者を育成するための専門理論や技術を研究する場として創立されました。
やがて、多くの教え子を抱える専門校へと拡大しましたが、木下ユミは、知識や技術を教えるだけのいわゆる学校(スクール)というスタイルを好みませんでした。
それは、たとえはじめは教える側(先生)と教わる側(生徒)という立ち位置であっても、プロのアーティストになれば皆同等に肩を並べ、互いに切磋琢磨して競い合う職人であるべきだと考えていたからです。
また、確かな基礎を身につけたら、次はプロアーティストとして自ら研究を重ね、センスを発揮し、研鑽を積んで、日本のビューティー業界を発展させていって欲しいという願いでもありました。こうした木下ユミの哲学の根底に流れるものは、人類の歴史が刻まれて以降、長きにわたって多くの人々が追い求めて来たビューティーの歴史に対する、心からの敬意と愛なのです。
こうして、プロのメークアップ技術者を育成するために作られた専門スクールの名前には、スクールの文字はなく、職人達が集う「工房」を意味するフランス語語源である「アトリエ」と命名されました。
アトリエ創立者 木下ユミのキャリアに裏付けられた技術と、ビューティーへの情熱が支えた長年にわたる研究理論の数々。YUMIのアトリエは、大学でも専門学校でもなく、それらを受け継いでいく職人達の工房なのです。
こうした木下ユミの創立精神は、現アトリエ校長 木下美穂里へと受け継がれ、今日も木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、創立者の愛と哲学を受け継ぎ、ビューティー業界の健全な発展に貢献すべく努力を続けています。
本名:木下ユミ
東京府東京市麻布区(現在の東京都港区元麻布)生まれ。
木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ名誉校長
日本のテレビ創成期よりヘアーメークアップアーティストとして広く活躍し、ビューティー業界の礎を築いた一人。「ヘアーメーク」という呼び名の生みの親でもある。
1950 | NHK(日本放送協会)入局、秘書課監事室勤務。 美容芸術の観点から、オペラ、クラシックバレー、日本舞踊、歌舞伎など、古典芸能の研究に入る。 |
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1951 | TV放送開始と同時にTV映像に於けるメークアップの研究に入る。 日本で初めてのTVの映像メークアップ・システムを確立させる。 美容師免許を取得。 TV開局と同時に歌舞伎、新派、新劇TVドラマ他担当。 |
1953 | ベルリンフィルハーモニー専属指導者指揮者ヘルベルト・フォンカラヤン氏専属、吉田茂氏、岸信介氏(二期)など、歴代の首相専属。 モスクワ芸術座、イタリアオペラ専属。 ニューヨーク・シティバレー、中国京劇(中国オペラ)担当。 TV芸術祭参加番組、芸術祭賞受賞「どたてんば」「ビルマの立て琴」「バス通り裏」 木下恵介初のTV書き下ろしドラマ「流し雛」「事件記者」等数多くの番組のメークアップを手掛ける。 |
1960 | カネボウ美容研究所・特殊班顧問としてメークアップの基礎理論化。 |
1964 | フリーランスのメークアップアーティストとして、国内、海外にてメディア活動。 |
1970 | (株)ユミ・ビュアクスを設立。 TV番組、テレビCM、雑誌、ファッション・ショー等、数多くの話題作を担当。 国内、海外の著名誌に作品掲載、TV出演、講演担当。 TV番組「木下恵介劇場」「女と味噌汁」「源氏物語」「細腕繁盛期」「肝っ玉かあさん」「あかんたれ」等の代表作があり、約月間500本近いTVドラマ、CMを担当。 |
1973 | 原宿にビューティサロン・ユミ・ビュアクスを設立。 日本で初めてのトータル・ビューティーサロンとして、ヘアー、メークアップ、アメリカンネイル、スタイリスト、トータルイマジネーターとして営業開始。 山口百恵、榊原郁恵、フィンガー5、阿木曜子、竹下景子、五十嵐淳子、井森美幸をはじめとするデビュー前のスターのイメージ作りを行う。 鎌倉店、白山店、目黒店、自由が丘店を開設。 |
1974 | ユミ・ビュアクス・メークアップスクール開設。 木下ユミメークアップシステム&アメリカンネイルシステムを導入。 |
1981 | 木下ユミメークアップ研究会発足。 第一回「木下ユミ クリエイティブ・メーク」を美容専門書にて発表。 更に「美容用語辞典」発刊。スクール在校生より世界のコンテストに於ける受賞者を数多く送り出す。 |
1983 | 大阪南校開設。 |
1985 | NPO法人日本ネイリスト協会(JNA)設立と共に、理事就任。 広く美容業界にネイルの重要さをアピールする役目に就く。 シデスコインターナショナルコングレス日本代表審査委員として参加。 ジデスコ本部(33カ国加盟)主催の各国主催のメークアップコンテスト審査委員として参加。 |
1990 | 大阪北校開設。 各番組、レコードジャケットのイメージ作り、国内、海外にて作品発表、レクチャー及び審査委員長&審査委員を担当。 |
1991 | 3月、川内康範先生銘々「紅のすさび」を出版。 後、1992年4月「第1919回日本図書館協会選定図書」に決定。 新美容出版、ソワンエステ別冊号にて、第二回「木下ユミ&木下美穂里」著「クリエイティブ・メーク」を発表。 美容関係、メークアップを志す後輩の教科書として話題を呼ぶ。 |
1998 | 4月、ニューヨーク「Working Woman」(月刊30万部発行)に“日本を代表するキャリア・ウーマン”として取材を受け掲載される。 |
2000 | 業界活動50周年を向かえる。 8月、木下ユミ50thアニバーサリーフェスティバルをディズニーアンバサダーホテルで開催。 メークアップの歴史書「改訂版・紅のすさび」出版。 |
2002 | シンクロナイズドスイミングのオリンピック選手団のビューティープロデューサー担当。以後、ナショナルチームを毎年担当していく。(〜現在に至る) |
2003 | メークアップ&ネイルのバイブル“美容用語事典”の作成。 木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ名誉校長就任。 木下ユミ美容研究所所長就任。 シデスコインターナショナルメークアップコンテスト審査担当。 海外に於いてコンテスト参加者のトレーナー担当、日本から入賞者5名を輩出する快挙を果たす。 |
2004 | アテネオリンピックシンクロナイズドスイミング大会 銀メダリスト武田・立花をビューティープロデュース。 |
2005 | ヨーロッパの医療と美容をジョイントさせた活動をするコデスに参加。 日本に於いてのソシオエステの研究に参加。 |
2008 | 北京オリンピック、シンクロナイズドスイミングの全日本チームをビューティープロデュース。 |
2009 | 日本エステティック協会国際副委員長再就任。 10月、若手育成の為の青山芸術祭に審査員として参加。(以降、毎年参加) |
2010 | 7月、活動60周年を向かえ木下ユミ特待生制度の発足。「筆の世界に遊ぶ文化人達」にグローバルな活動をするアーティストとして、北野武氏、コシノヒロコ氏らと出展。(以降、毎年参加) |
2015 | 9月、NPO法人日本ネイリスト協会設立30周年記念、特別功労賞を受賞。 |
2018 | 東京ビューテイーコングレス木下ユミ杯審査委員長として18年の功績。数多くの有名アーティストを輩出 |
2019 | NPO法人日本スパ・ウエルネス協会より、美容・ヘアメイク業界において大きく貢献された方が表彰される 5月、(株)ガモウ蒲生茂会長、日本全身美容家協会 松本正毅理事長と共にIPSN栄誉賞を受賞 10月、これまでの様々な業界と東京都に対しての貢献称され、東京都功労賞を受賞 |