ビューティーの名門校、木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエへようこそ アトリエ紹介ビューティーの名門校、木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエへようこそ アトリエ紹介

LOVE BEAUTY ビューティーラバー、ここに集う。LOVE BEAUTY ビューティーラバー、ここに集う。

ビューティーを愛するすべての皆様へ
スクール選びに迷ったら、まずYUMIのアトリエにいらしてください!

当ホームページにご来訪頂き有難うございます。
木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、創立者 木下ユミが「アトリエ」という言葉にこめた想いを継承すべく、現在も完全少人数制で運営され、ビューティーを愛するあらゆる年代の方が集う場となっております。
アトリエにいらっしゃる生徒さんのキャリアは様々で、まったくの初心者という方からすでに業界で活躍中のプロの方まで、それぞれがそれぞれの目標に向かって、同じ場で学んでいらっしゃるという、業界でも希有なスタイルの専門校です。
そのため、“ビューティーの名門校”と評される実績からはおそらくイメージいただくことが難しいほど、身近なお稽古のお教室のような感覚で、はじめての方でも安心してお通いいただける場となっているのも当校の魅力だと思っています。

木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、1950年、木下ユミ名誉校長によって創立されました。多くの著名アーティストを世に送り出し、テレビや雑誌など各種メディアでの活躍のかたわら、創立時よりメークアップとネイルの技術と理論の研究、プロアーティストの育成メソッドの確立に務め、これまでに1万人を超える卒業生を輩出し、現NPO法人日本ネイリスト協会(略称:JNA)の設立にも携わるなど、常に日本のビューティー業界を牽引してきました。(アトリエは日本のビューティーの歴史の一翼を担って来たといっても過言ではありません!)
中でも、ネイルに関する情報とアーカイブのボリュームは、間違いなく業界随一です。
確かな知識と技術を身につけ、さらに最新の情報と技術を学べるのも当アトリエならでは。

アトリエでは、皆様が入校されたその日から、からそれぞれの目標の達成までをアトリエスタッフが一丸となって全力でバックアップさせて頂きます。
そして、皆様がプロとなりアトリエを巣立った後も、道に迷い壁にぶつかった時には、立ち戻ることができる場所、そうしてかならず答えを見出せる場所であり続けたいと思っています。
スクール選びに迷われたら、ぜひアトリエに相談にいらして下さい。
必ず皆様の目標にあった進路を見出していただけることと思います。
皆様との素敵な出会いを、アトリエ一同、楽しみにしております!

木下美穂里 プロフィール

木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ 校長。
NPO法人日本ネイリスト協会(略称:JNA)理事、同協会企画広報委員長。
JNAの設立に携わり、発足以来、設立メンバーとして日本で初めてのプロネイリスト養成プログラムのテキスト化を担い、技能検定試験の確立やコンテストの開催を通じて、ネイルとメークアップの啓蒙と普及に務める。YUMIのノウハウを受け継いだ日本で唯一のメークアップ&ネイルアーティスト。

主な役職

木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ校長
株式会社ユミ・クリエイション代表取締役 社長
ラ・クローヌ メークアップ&ネイル サロン 代表
NPO法人日本ネイリスト協会 理事・企画委員会委員長
NPO法人日本ネイリスト協会 ピンクリボン活動プロジェクト長
NPO法人日本ネイリスト協会 ネイルトレンドプロジェクト長
日本エステティック協会 正会員・認定エステティシャン
インターナショナルモード協会(I.M.A.)運営委員
社団法人日本理美容教育センター ネイル教育担当

主な著書

「ネイルパーフェクトマニュアル」三元社刊(1996)
「ネイルケア&ネイルアート」ブティック社刊(1997)
「ネイルテクニックをマスターする」女性モード社刊(1999)
「ネイルアーティスト」ロード出版刊(1999)
「ビューティフルネイル」新美容出版刊(2000)
「メイクが突然うまくなる」成美堂出版刊(2001)
「ビューティフルネイルプラス」新美容出版刊(2006)
「誰も教えてくれない ネイルサロンの始め方・儲け方」ぱる出版(2009)
「皆が知りたかった本物の技術 木下美穂里のプロのネイルテクニック(DVD)」BABジャパン(2009)
『Beautiful Nail Revision』新美容刊
『Licca’s Nail Book with mihorikinoshita』学研マーケティング刊
『THE SALON NAIL』女性モード社(2015)

アトリエという言葉にこめた想い。アトリエという言葉にこめた想い。

木下ユミ

創立者 木下ユミ名誉校長

アトリエという言葉にこめられた、創立者 木下ユミの想い

「アトリエ」、それは職人達が集う「工房」。

木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、現名誉校長である木下ユミによって1950年に創立されました。
当時、日本にはまだメークアップやネイルの技術を理論的に学べる所はなく、最新の技術と知識を身につけるにはやはり欧米のビューティー先進国に渡るしかありませんでした。
プロですらこのような状況でしたから、ましてや今のようなインターネットや専門メディアもない時代、戦後急速に拡大しようとするビューティー市場とは裏腹に、一般消費者のコスメに関する知識は乏しく、しばしばコスメや美容施術によるトラブルのニュースが取り沙汰されていました。

自らもヘアーメークアーティストの先駆者として業界の礎を築いて来た、当アトリエ創立者の木下ユミはこうした混乱の状況に深い懸念を抱き、“確かな技術と知識を広めるには、まず確かな理論に基づく確かな技術を身につけた多くのメークアップアーティストの育成が必要である”と考えました。そして、近い将来の日本の美容業界の急激な拡大を予見し、需要が高まるであろうメークアップアーティスト達を、確かな知識を身につけた技術者として世に送り出すべく、育成メソッドの確立に取り組み始めたのです。
こうして、木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、プロのメークアップ技術者を育成するための専門理論や技術を研究する場として創立されました。

やがて、多くの教え子を抱える専門校へと拡大しましたが、木下ユミは、知識や技術を教えるだけのいわゆる学校(スクール)というスタイルを好みませんでした。
それは、たとえはじめは教える側(先生)と教わる側(生徒)という立ち位置であっても、プロのアーティストになれば皆同等に肩を並べ、互いに切磋琢磨して競い合う職人であるべきだと考えていたからです。
また、確かな基礎を身につけたら、次はプロアーティストとして自ら研究を重ね、センスを発揮し、研鑽を積んで、日本のビューティー業界を発展させていって欲しいという願いでもありました。こうした木下ユミの哲学の根底に流れるものは、人類の歴史が刻まれて以降、長きにわたって多くの人々が追い求めて来たビューティーの歴史に対する、心からの敬意と愛なのです。

こうして、プロのメークアップ技術者を育成するために作られた専門スクールの名前には、スクールの文字はなく、職人達が集う「工房」を意味するフランス語語源である「アトリエ」と命名されました。

アトリエ創立者 木下ユミのキャリアに裏付けられた技術と、ビューティーへの情熱が支えた長年にわたる研究理論の数々。YUMIのアトリエは、大学でも専門学校でもなく、それらを受け継いでいく職人達の工房なのです。
こうした木下ユミの創立精神は、現アトリエ校長 木下美穂里へと受け継がれ、今日も木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエは、創立者の愛と哲学を受け継ぎ、ビューティー業界の健全な発展に貢献すべく努力を続けています。

木下ユミ プロフィール

本名:木下ユミ
東京府東京市麻布区(現在の東京都港区元麻布)生まれ。
木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ名誉校長
日本のテレビ創成期よりヘアーメークアップアーティストとして広く活躍し、ビューティー業界の礎を築いた一人。「ヘアーメーク」という呼び名の生みの親でもある。

主な役職

  • 木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ 名誉校長
  • 財団法人日本エステティック協会 国際副委員長
  • NPO法人日本ネイリスト協会 評議員
  • I.B.S.コンペティション 審査員(USA)
  • I.C.E.コンペティション 審査員(USA)
  • 国際美容産業情報機構(I.B.I.N.)理事

主な著書

  • 「木下ユミクリエイティブ・メーク」新美容出版刊(1981)
  • 「美容用語辞典」粧業通信刊(1981)
  • 「紅のすさび」ノーベル書房刊(1991)
  • 「クリエイティブ・メーク」新美容出版刊(1993)
  • 「改訂版・紅のすさび」フレグランスジャーナル社刊(2000)

略歴

1950NHK(日本放送協会)入局、秘書課監事室勤務。
美容芸術の観点から、オペラ、クラシックバレー、日本舞踊、歌舞伎など、古典芸能の研究に入る。
1951TV放送開始と同時にTV映像に於けるメークアップの研究に入る。
日本で初めてのTVの映像メークアップ・システムを確立させる。
美容師免許を取得。
TV開局と同時に歌舞伎、新派、新劇TVドラマ他担当。
1953ベルリンフィルハーモニー専属指導者指揮者ヘルベルト・フォンカラヤン氏専属、吉田茂氏、岸信介氏(二期)など、歴代の首相専属。
モスクワ芸術座、イタリアオペラ専属。
ニューヨーク・シティバレー、中国京劇(中国オペラ)担当。
TV芸術祭参加番組、芸術祭賞受賞「どたてんば」「ビルマの立て琴」「バス通り裏」
木下恵介初のTV書き下ろしドラマ「流し雛」「事件記者」等数多くの番組のメークアップを手掛ける。
1960カネボウ美容研究所・特殊班顧問としてメークアップの基礎理論化。
1964フリーランスのメークアップアーティストとして、国内、海外にてメディア活動。
1970(株)ユミ・ビュアクスを設立。
TV番組、テレビCM、雑誌、ファッション・ショー等、数多くの話題作を担当。
国内、海外の著名誌に作品掲載、TV出演、講演担当。
TV番組「木下恵介劇場」「女と味噌汁」「源氏物語」「細腕繁盛期」「肝っ玉かあさん」「あかんたれ」等の代表作があり、約月間500本近いTVドラマ、CMを担当。
1973原宿にビューティサロン・ユミ・ビュアクスを設立。
日本で初めてのトータル・ビューティーサロンとして、ヘアー、メークアップ、アメリカンネイル、スタイリスト、トータルイマジネーターとして営業開始。
山口百恵、榊原郁恵、フィンガー5、阿木曜子、竹下景子、五十嵐淳子、井森美幸をはじめとするデビュー前のスターのイメージ作りを行う。
鎌倉店、白山店、目黒店、自由が丘店を開設。
1974ユミ・ビュアクス・メークアップスクール開設。 木下ユミメークアップシステム&アメリカンネイルシステムを導入。
1981木下ユミメークアップ研究会発足。
第一回「木下ユミ クリエイティブ・メーク」を美容専門書にて発表。
更に「美容用語辞典」発刊。スクール在校生より世界のコンテストに於ける受賞者を数多く送り出す。
1983大阪南校開設。
1985NPO法人日本ネイリスト協会(JNA)設立と共に、理事就任。
広く美容業界にネイルの重要さをアピールする役目に就く。
シデスコインターナショナルコングレス日本代表審査委員として参加。
ジデスコ本部(33カ国加盟)主催の各国主催のメークアップコンテスト審査委員として参加。
1990大阪北校開設。
各番組、レコードジャケットのイメージ作り、国内、海外にて作品発表、レクチャー及び審査委員長&審査委員を担当。
19913月、川内康範先生銘々「紅のすさび」を出版。
後、1992年4月「第1919回日本図書館協会選定図書」に決定。
新美容出版、ソワンエステ別冊号にて、第二回「木下ユミ&木下美穂里」著「クリエイティブ・メーク」を発表。
美容関係、メークアップを志す後輩の教科書として話題を呼ぶ。
19984月、ニューヨーク「Working Woman」(月刊30万部発行)に“日本を代表するキャリア・ウーマン”として取材を受け掲載される。
2000業界活動50周年を向かえる。
8月、木下ユミ50thアニバーサリーフェスティバルをディズニーアンバサダーホテルで開催。
メークアップの歴史書「改訂版・紅のすさび」出版。
2002シンクロナイズドスイミングのオリンピック選手団のビューティープロデューサー担当。以後、ナショナルチームを毎年担当していく。(〜現在に至る)
2003メークアップ&ネイルのバイブル“美容用語事典”の作成。
木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ名誉校長就任。
木下ユミ美容研究所所長就任。
シデスコインターナショナルメークアップコンテスト審査担当。
海外に於いてコンテスト参加者のトレーナー担当、日本から入賞者5名を輩出する快挙を果たす。
2004アテネオリンピックシンクロナイズドスイミング大会 銀メダリスト武田・立花をビューティープロデュース。
2005ヨーロッパの医療と美容をジョイントさせた活動をするコデスに参加。
日本に於いてのソシオエステの研究に参加。
2008北京オリンピック、シンクロナイズドスイミングの全日本チームをビューティープロデュース。
2009日本エステティック協会国際副委員長再就任。
10月、若手育成の為の青山芸術祭に審査員として参加。(以降、毎年参加)
20107月、活動60周年を向かえ木下ユミ特待生制度の発足。「筆の世界に遊ぶ文化人達」にグローバルな活動をするアーティストとして、北野武氏、コシノヒロコ氏らと出展。(以降、毎年参加)
20159月、NPO法人日本ネイリスト協会設立30周年記念、特別功労賞を受賞。