
当アトリエの名誉校長である木下ユミは、“ヘアメーク”という言葉を世に生み出し、映像メークアップの創始者として、日本のCMやドラマの世界でのヘアメークの地位を確立した。そして山口百恵をはじめ、数多くの女優、タレント、スーパーモデルが彼女の指に触れられるチャンスを待ち続けた。
自然の中の美を見つめ続け、女性の美も自然ととらえる彼女の感性。そこから生み出される奇跡のテクニックを、アーティスト達へ伝承する。50年もの間に、1万人を越すメークアップアーティスト・ネイリストを育て上げて来た彼女の信念は、本物のプロであるということ。「美の巨匠」、ただそれだけではない。生きたパワーと技術を生み続けている。それが本物のあかしなのだ。
名誉校長 木下ユミ
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![]() 古典メークアップの再現、”狂乱のお七” | ![]() 某化粧品メーカーポスター |
![]() イタリア“lui”表紙ボディーペイント | |
![]() シデスコ世界大会 審査委員 | ![]() オリンピック シンクロビューティートレーナー |
| 1950 | NHK(日本放送協会)入局、秘書課監事室勤務。傍ら オペラ、クラシックバレー、日本舞踊、歌舞伎の研究に入る。 |
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| 1951 | TV放送開始と同時にTV映像に於けるメークアップの研究に入る。日本で初めてのTVの映像メークアップ・システムを確立させる。美容師免許を取得。TV開局と同時に歌舞伎、新派、新劇TVドラマ他担当。 |
| 1953 | ベルリンフィルハーモニー専属指導者指揮者ヘルベルト・フォンカラヤン氏専属、歴代の首相岸信介氏(二期)他専属。モスクワ芸術座、イタリアオペラ専属、ニューヨーク・シティバレー、中国京劇(中国オペラ)担当。TV芸術祭参加番組、芸術祭賞受賞「どたてんば」「ビルマの立て琴」「バス通り裏」木下恵介初のTV書き下ろしドラマ「流し雛」「事件記者」等数多くの番組のメークアップを手掛ける。 |
| 1960 | カネボウ美容研究所・特殊班顧問としてメークアップの基礎理論化。 |
| 1964 | フリーランスのメークアップアーティストとして、国内、海外にてマスコミ媒体活動を行う。 |
| 1970 | (株)ユミ・ビュアクスを設立。TV、CM、ファッション・ショー等数多くの話題作を担当。国内、海外の各雑誌に作品掲載、TV出演、講演担当。TV番組「木下恵介劇場」「女と味噌汁」「源氏物語」「細腕繁盛期」「肝っ玉かあさん」「あかんたれ」等の代表作があり、約月間500本近いTVドラマ、CMを担当。 |
| 1973 | 原宿にビューティサロン・ユミ・ビュアクスを設立。日本で初めてのトータル・ビューティーサロンとして、ヘアー、メークアップ、アメリカンネイル、スタイリスト、トータルイマジネーターとして営業開始。山口百恵、榊原郁恵、フィンガー5、阿木曜子、竹下景子、五十嵐淳子、井森美幸をはじめとするデビュー前のスターのイメージ作りを行う。鎌倉店、白山店、目黒店、自由が丘店を開設。 |
| 1974 | ユミ・ビュアクス・メークアップスクール開設。木下ユミメークアップシステム&アメリカンネイルシステムを導入。 |
| 1981 | 木下ユミメークアップ研究会発足。第一回「木下ユミ クリエイティブ・メーク」を美容専門書にて発表。更に「美容用語辞典」発刊。スクール在校生より世界のコンテストに於ける受賞者を数多く送り出す。 |
| 1983 | 大阪南校開設。 |
| 1985 | NPO法人日本ネイリスト協会(JNA)設立と共に、理事就任。広く美容業界にネイルの重要さをアピールする役目に就く。シデスコインターナショナルコングレス日本代表審査委員として参加。ジデスコ本部(33カ国加盟)主催の各国主催のメークアップコンテスト審査委員として参加。 |
| 1990 | 大阪北校開設。各番組、レコードジャケットのイメージ作り、国内、海外にて作品発表、レクチャー及び審査委員長&審査委員を担当。 |
| 1991 | 3月、川内康範先生銘々「紅のすさび」を出版。後、1992年4月「第1919回日本図書館協会選定図書」に決定。新美容出版、ソワンエステ別冊号にて、第二回「木下ユミ&木下美穂里」著「クリエイティブ・メーク」を発表。美容関係、メークアップを志す後輩の教科書として話題を呼ぶ。 |
| 1998 | 4月、ニューヨーク「Working Woman」(月刊30万部発行)に“日本を代表するキャリア・ウーマン”として取材を受け掲載される。 |
| 2000 | 8月、木下ユミ50thアニバーサリーフェスティバルをディズニーアンバサダ-ホテルで開催。業界活動50周年を向かえる。メークアップの歴史書「改訂版・紅のすさび」出版。 |
| 2002 | シンクロナイズドスイミングのオリンピック選手団のビューティープロデューサー担当。以後、ナショナルチームを毎年担当していく。(~現在に至る) |
| 2003 | メークアップ&ネイルのバイブル”美容用語事典”の作成。木下ユミ・メークアップ&ネイル アトリエ名誉校長就任。木下ユミ美容研究所所長就任。シデスコインターナショナルメークアップコンテスト審査担当。海外に於いてコンテスト参加者のトレーナー担当、日本から入賞者5名を輩出する快挙を果たす。 |
| 2004 | アテネオリンピックシンクロナイズドスイミング大会 銀メダリスト武田・立花をビューティープロデュース。 |
| 2005 | ヨーロッパの医療と美容をジョイントさせた活動をするコデスに参加。日本に於いてのソシオエステの研究に参加。 |
| 2008 | 北京オリンピック、シンクロナイズドスイミングの全日本チームをビューティープロデュース。 |
| 2009 | 日本エステティック協会国際副委員長再就任。 10月、若手育成の為の青山芸術祭に審査員として参加。以降毎年参加。 |
| 2010 | 7月、活動60周年を向かえ木下ユミ特待生制度の発足。 「筆の世界に遊ぶ文化人達」に、グローバルな活動をするアーティストとして、北野武氏、コシノヒロコ氏らと出展。 |